はじめに:人材ポートフォリオ戦略を要としたAI時代の変革、その主導者は誰か
前編では、AI協働時代の本質が「AIをどう使うか」ではなく、「人の役割をどう再設計し、企業価値につなげるか」であると述べた。AI Agentが労働力として企業活動に浸透していく未来において、投資戦略・事業戦略・組織戦略は、人材ポートフォリオの再構築を中心に再編される必要がある。
では、その人材ポートフォリオ戦略を中心とした戦略の再設計を主導し、組織全体に実装する役割は誰が担うべきなのか。本稿では、AI協働時代の中核を担うCAIO・AI戦略室・情報システム(以下、情シス)部門の役割を軸に、協創型組織への変革プロセスを解説する。
AI協働時代の人材ポートフォリオ戦略とは
AIの台頭によって人の役割が変容するのであれば、人材ポートフォリオの見直しは避けて通れない。現在は、事業のドメイン範囲内において定義されたプロセスに沿って業務を遂行する「既存業務運用人材」が人材の大半を占める企業が多いのではないだろうか。
一方でAI協働時代においては、協創型の働き方によって価値創出を行う人材が中核となる。企業内の必要な人材やAIと部門横断的に協創し、新たな価値を創出する「価値協創人材」がより必要になるだろう。また、既存事業の枠組みにとらわれず、まだ市場が形成されていないドメインの発掘や、社会コミュニティとの結びつきを強めて価値を提供していく「新市場開拓人材」も必要になると考える。

こうした人材ポートフォリオ戦略の見直しにおける要点は、① 協創型役割へのシフト、② 形成途上市場(新規領域)への人的資本投下にある。
AIの台頭により、従来業務のオペレーション中心だった人材構造は大きな転換点を迎えている。AIが情報処理や判断の一部を代替することで、人材には既存の枠にとらわれない創造活動、リスクテイクを伴うタスク、外部共創といった、より不確実性の高い役割が求められる。既存業務運用人材中心のポートフォリオでは、AI協働時代の競争を勝ち抜くことはできない。
人材は、価値協創人材や新市場開拓人材へと徐々に移行し、企業はこうした領域に計画的に投資する必要がある。
人的資本を形成途上市場に投下するとは、従来の「企業活動を守るための配置」から「成長機会を獲得するための配置」への転換である。AI協働時代における企業の持続的成長の鍵は、この人材配分の再設計にあると言える。

日本で変革が成し遂げられない理由
AI協働時代の変革を考えるうえで、DX推進の失敗から学ぶべき点は多い。
IPA「DX動向2025」によれば、日本企業のDXは次の特徴がある。
- 成果がコスト削減にとどまり、市場シェア率向上や顧客満足度向上といった外向きの価値創出に結びついていない(出典1より)
- 業務部門ごとの個別最適化が中心で、業務プロセスの全体最適化が進んでいない(出典2より)


これらは日本企業が抱える構造的問題を示している。個別最適化にとどまり外向きの価値創出ができていないという調査結果から、IT部門は依然として受託型であり、主体的な価値創出を担えていないと考える。
DXとは、デジタルによる事業変革の取り組みである。それにもかかわらず、情シス部門が受託型組織のままとなっていたことは、DXが限定的な成果にとどまった最大の理由と言えるだろう。
AI協働時代に向けた変革も同様に、部門個別でAI活用を進めたとしても、全社最適には到達しない。人材配置、業務プロセス、投資配分などを一体で再設計するには、協創型組織が欠かせない。つまり、情シスがハブとなり、業務部門とともに価値創出にコミットする協創型組織へと変わらなければ、AIを用いた真の変革は成し遂げられない。
変革の鍵となるCAIO、AI戦略室、情シス
AI協働時代における変革は、もはや部門単位の取り組みでは実現し得ない。前編で触れた通り、AIは企業活動のあらゆるプロセスに入り込み、人材構造・事業構造・投資構造を同時に変えていく。その全体最適を見据えた改革を遂行するには、企業内部に明確な「司令塔」と「実行中枢」と「技術基盤提供者」が必要になる。
その三位一体の体制が、CAIO(Chief AI Officer)・AI戦略室・情シス部門である。

まずCAIOは、AI協働時代のビジョンを描き、人材ポートフォリオ戦略・投資戦略・事業の再設計を総合的に判断する役割を担う。テクノロジーに明るいだけでなく、人材と事業組織を深く理解し、企業全体の変革を牽引する立場である点が重要だ。
次にAI戦略室は、CAIOの構想を実際の変革プログラムに落とし込み、制度設計やロードマップ策定、全社横断のチェンジマネジメントを推進する実務中核となる。いわば、変革を「機能させるためのエンジン」であり、AI導入の優先順位付けから、業務の再設計、成果の検証までを担う。
そして情シス部門は、AIを労働力として安全・安定的に提供するための技術基盤を整備し、事業部門と協働して価値創出に貢献する組織へと進化する。従来の受託型部門ではなく、事業部門と共にプロフィットを生み出す協創型の組織へと変貌することが求められる。
この三者が密に連携し、それぞれが役割を果たすことで初めて、企業はAI協働時代に淘汰されず成長できる組織へと進化する。変革は、一部の部門による取り組みに留まっている限り成し得ない。企業の中に「最適化された戦略 × 変革推進力 × 技術力」を束ねる体制を構築できるかが、次の競争力を決めるのである。
変革のロードマップ
AI協働時代への転換は、一夜にして完成するものではない。企業活動が大きく変容しながらも、一方で技術進化などの外的要因によってゴールが変わっていく。この変革を段階的に成熟させるためには、「ゴールから逆算した3年スパンのアップデート型モデル」のような、変化を前提としたプロセスが必要となる。こうした前提のもと、変革ロードマップの一例を示す。

1年目は、変革の土台づくりに注力し、小規模に成果を出すフェーズである。まずCAIO・AI戦略室の設置と役割定義を行い、CAIOはAI協働時代に向けたビジョン・コンセプトを策定し、人材ポートフォリオ戦略・事業戦略・投資戦略、ガバナンス体制の最適化を図る。
AI戦略室は、社内のAS-IS・TO-BE整理やCoE(Center of Excellence)の構築、ロードマップ策定を行い、協創型文化の醸成に向けた取り組みを推進する。情シスは、AI協働時代の情報システムアーキテクチャを描き、PoC実施→成果の評価→プロジェクト化を通して協創的な働き方の素地をつくり、変革の入口を固める。
2年目は、協創型の運営モデルを定着させ、スケールさせる段階に入る。CAIOは、変革の実行を監督しながら、AI戦略を経営計画に融合させて対外的にもコミットメントを示すことで、変革の実行力を一段と高める。AI戦略室は、1年目にCAIOのもと定めた戦略に沿って実行ロードマップを策定し、各部門がAI協業力をつけるための教育を推進する。情シスは、Data×AIのプラットフォームの構築に着手し、事業部門との協創事例をつくることで、変革を支える中核としての存在感を高めていく。
そして3年目は、企業価値に直結する“事業価値の創出”へ軸足を移す段階となる。CAIOは、2年目の成果を踏まえて全社的な組織構造・KPI評価体系の見直しに着手する。AI戦略室は、2年目に策定したロードマップ上の施策実行や、人材ポートフォリオ戦略に基づく人の配置を主導する。情シスは、協創型の運営モデルに紐づくKPI評価体系を導入し、複数の事業領域でAI Agent活用による実績を積み上げる。全社的に協創型文化を定着させ、人的資本を再投資する循環が生まれる一年を目指す。
改めて重要なのは、このロードマップが「アップデートを前提とする」点である。AI協働時代における変革は、技術の進化や市場構造の変化に合わせて常に更新されるべきものであり、企業は“変革し続ける能力”そのものを獲得する必要がある。
AI協働時代における情シス部門のあり方
変革ロードマップを実行に移す段階で、もっとも大きく役割が変わる組織がある。それが情シス部門だ。
業務部門から依頼を受けシステムを安定稼働させる「受託型」の運用組織、これは典型的な情シス部門である。しかし、AI協働時代において情シス部門に求められる役割は、その枠組みには収まらない。企業がAIを労働力として扱い、業務プロセスそのものを再構築していくうえで、情シス部門は中心的な“協創パートナー”へと変わる必要がある。
協創型情シスに求められる能力は、大きく三つに整理できる。

第一に、ビジネス設計力である。AIの特性を理解したうえで、どのようにどんな価値創出できるかを業務部門とともに構想し、新しいプロセスをデザインする力だ。AI協働時代における価値の源泉は、単なるデジタル化ではなく「協働型AIが働く前提で業務を再設計すること」にある。情シスがこの構想段階から能動的に関与することで、企業全体の価値創出力が高まる。
第二に、実践可能な技術選択力である。AIモデル、AIサービス、プロンプト設計など、急速に進化するAI技術の中から、自社に必要な技術を見極め、既存の仕組みと統合し、安定稼働させる能力が求められる。これは、情シスが従来担ってきた技術管理業務だけでなく、事業に直結する技術戦略の役割を担うことを意味する。
第三に、AIプラットフォーム提供力である。AIが労働力として働く時代には、人の利用を前提とした業務システムだけではなく「協働型AIを支える共通基盤」が不可欠になる。セキュリティ、ガバナンス、データ統合、AIライフサイクル管理──情シスはこれらすべての基盤を横断的に整備し、事業部門が安心してAIを活用できる環境を提供する責任を担う。
こうした役割を踏まえると、情シスはもはや“企業活動の裏方”ではない。
むしろ、企業のAI活用の成否を左右する、極めて戦略的な役割を持った存在となる。情シスが受託型から協創型へと進化し、CAIO・AI戦略室と連携して変革を牽引できるかどうかが、企業がAI協働時代において競争力を維持できるかの分岐点となる。
終わりに
AI協働時代が到来する今、企業に問われているのは「AIとともに働く組織へどのように進化するか」である。
前編で述べたように、AIが企業にもたらす最大の価値は、人の稼働を代替することではなく、人の価値を再構築するチャンスを生み出すことである。そして後編では、その変革を具体的に実現する主体として、CAIO・AI戦略室・情シスの三位一体の体制が不可欠であることを示した。
AIが企業の中心的な労働力となる未来に向けて、企業は人材ポートフォリオを再設計し、協創型組織へ移行するための道筋を描かなければならない。その変革の成否を分けるのは、AIそのものの性能ではない。AIによって生まれる可能性を「組織としてどう活かすか」を構想し、実行する力である。
AI協働時代を先導する企業は、技術の導入だけではなく、組織と人材の再定義に踏み込み、新しい価値創造のモデルを提示していくことになるだろう。
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