生成AIの進化を経て、自律的に判断・行動するAI Agentが進化する今、企業は“人が担うべき仕事”を根本から見直す局面にある。
人とAIの協働が当たり前となるAI協働時代における人材・組織の変革について、「AIと人の協働が企業を変える」と題し前後編で読み解く。
前編となる本稿では、AI Agentの台頭を背景に、人の価値を再構築するための鍵――「人材ポートフォリオ戦略の再設計」について考察する。
目次
はじめに:AI Agentがもたらす新しい人の働き方
AI協働時代の鍵は人材ポートフォリオ戦略
AI Agentの進化と市場動向
人とAI Agentが協働する時代へ
AI協働時代を見据えた経営資源の再設計
おわりに
はじめに:AI Agentがもたらす新しい人の働き方
ChatGPTの衝撃的な登場からわずか数年。会話型AIや推論型AIの発展を経て、次の段階として注目されるのが「AI Agent」だ。目的指向で必要となる行動を分解し、複数のアプリケーションを横断しながら自律的にタスクを遂行する。もはや“補助的なツール”ではなく、“人と協働するパートナー”へと進化しつつある。
Gartnerの予測では、2029年にはAIと人が共に働くことが当たり前になるという。この変化は、単なる新技術の導入で終わる話ではない。AIが企業活動のあらゆるプロセスに入り込む時代では、AI Agentは人と並んだ労働力として扱われても不思議ではない。
AIと協働する時代の企業に必要なのは、「人をどう活かすか」という経営の根本に焦点をあてた、人の役割と組織の変革を前提とした活動である。
AI協働時代の鍵は人材ポートフォリオ戦略
AIの労働力化が進み、これまで人がやってきた業務の置き換えが発生すると、その分の人的リソースを創造的、あるいはより社会的価値創出に資する領域へと再配置できるようになる。この再配置を適切にデザインできるかどうかが、AI協働時代の企業価値を左右する。
なぜなら、AIの導入によって生まれる人的リソースの余剰は、それ自体が新たな価値創出のための資本だからだ。人的ポートフォリオ戦略を持たずにAIを導入すれば、その資本は散逸し、せっかく得た時間と能力を企業の競争力や企業価値の向上につなげられない。
AIを導入しても企業が変われないのは、この「余剰の活かし方」を描けていないからとも言える。

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AI協働時代における人的リソースの再配分イメージ
AIの普及を「雇用の喪失」ではなく「新たな価値創出の機会」へと転化させるには、単なるツールとしてのAI導入計画ではない、人材ポートフォリオ再構築と連動したAI導入戦略の策定が不可欠である。
AI協働時代の経営の鍵は、テクノロジーそのものではない。AIの価値を最大化できるかどうかは、人の再設計力にかかっているのだ。
AI Agentの進化と市場動向
市場動向をみても、AI Agentによる人の労働代替は現実のものとなりつつあることが分かる。
法務・経理・調達・人事・情報システムといったこれまで人の専門知識を集約して運用されてきた領域では、AIネイティブなスタートアップが次々に台頭し、多額の資金を集めている。
これまでの業務支援型SaaSは、データを集約し、人による業務を標準化することで作業の効率化をしてきたため、プロセスドリブンなサービスといえる。一方でAIネイティブなSaaSは、AI Agentが目的を達成することを前提にサービス設計がなされているため、AIと協働する人に焦点をあてたオペレーションドリブンなサービスである。
例えば自律型AIによるAP業務の革命を掲げるVIC.AIは、読み取った請求書情報をもとに適切な承認フローの判断や、支払処理を自律的に実行する。一方で、旧来型のAP業務系SaaSは、AP業務の各プロセスごとにシステムで事前に定義したワークフローをなぞる形でタスクを実行することが一般的である。
こうしたAI Agentの登場は、“人がAIを使う時代”から“AIが人とともに働く時代”への移行を象徴している。
市場の評価もこの変化を明確に示している。
AIをサービスとして提供するMicrosoft、Alphabet、Amazonといった大手プラットフォーマーの株価は、ChatGPTリリース以降、平均で2.5倍以上に上昇。一方で、オフショアやアウトソーシングビジネスで成長してきた、人の知的作業を集約して価値創出する知的労働集約型企業は、ほぼ横ばいにとどまっている。
AIを“活かす企業”と“AIに置き換えられうる企業”の差は、すでに市場によって織り込まれているといえる。

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2022年11月を起点としたAIサービス提供企業・知的労働集約型企業の株価増減率
*2022年11月から2025年10月の月末株価に基づき、株式分割等の影響を考慮した増減率をRubicon9で算出
この動きは、単なる業界トレンドではない。企業価値を形成する構造そのもの──すなわち「人がもつナレッジを集約して生み出される結果に高価値がつく前提」そのものが変わりつつある。
AIを「効率化のツール」と見るか、「人と協働する価値創出の担い手」と捉えるか。この認識の違いが、企業の未来を分けていく。
人とAI Agentが協働する時代へ
とはいえ、AI Agentがすべての仕事を置き換えるわけではない。重要なのは、「AIができる仕事」と「AIがやるべき仕事」は異なることを理解し、人とAIの役割分担の境界を見極めることだ。
AIが真価を発揮するのは、膨大な情報を高速かつ正確に処理し、外的要因の変動が小さい領域だ。
労働集約的で、共感や創造性を必要としない業務――たとえばレポーティング、請求処理、契約レビュー、ヘルプデスク対応など――はAIが担うことで、人の稼働を解放できる。
一方で、顧客理解、事業構想、組織文化形成、といった領域は、依然として人の直感や創造性が求められる。また、アウトプットが社会に及ぼす影響や失敗時のリスクが大きい仕事は、人が倫理観や責任をもってやるべき領域として残るだろう。

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AI Agentが価値を発揮しやすい仕事の特性
こうしたAI Agentの特性を踏まえると、AI協働時代において、人の役割は次に示す4タイプいずれの形で変容すると考えられる。
第一に業務構造が維持される業務、第二に効率化・統廃合される業務、第三に再構築される業務、そして第四に新たに創出される業務。
業務構造が維持されるものは従来型の業務プロセスの延長線上で継続され、効率化・統廃合されるものはAIによる標準化・自動化が進む。再構築される業務はAIとの協働前提で構造やプロセスそのものが見直され、新たに創出される業務はAIを労働力として扱うために必要な領域として立ち上がる。

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AI協働時代における職種の変容タイプ
こうした人の役割変化に伴う業務の変容は、企業活動全体の構造にも波及する。
①分析・評価、②創造・戦略策定、③実行・運用という3つの企業活動サイクルのうち、AI Agentがオペレーション的業務を自律的に実行できるようになるのであれば、人はより本質的で結果に直結する判断を担うべきだ。
採用活動を例にとれば、AIは市場や社内の人材データをもとに人材需給を分析し、採用計画や評価基準のドラフトを作成、採用候補者のスクリーニングから面談の日程調整までを自律的に実行できるようになるだろう。
一方で人は、Agent AIによる自律的なタスク実行の指針となる企業理念や文化に即した採用戦略軸を策定し、AIが提示したシナリオを参考に採用方針を最適化する。また、採用候補者の心理的なケアなど、対面コミュニケーションが重要な業務に注力する。
AI協働時代において人は、創造性を発揮して不確実な状態から目的や問いを言語化し、結果を評価し、人や社会に伝播させる活動が主となる。

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AI協働時代におきる企業活動の変容
AI協働時代を見据えた経営資源の再設計
協働型AIが企業活動に浸透すると、人的資本を社会コミュニティや顧客、取引先といった外部との関係構築や共創により投資できるようになる。それに伴い、企業と外部コミュニティの関わり方や企業が社会に及ぼせる影響の質や内容が変わる。
例えば、共感を起点とした新しい顧客体験の創造、地域課題への長期的関与など、これまで“余力の範囲”で行ってきた探索的取り組みを企業価値の中核へと移行することができる。
こうした未来を描くとき、企業が取り組むべきことは明確だ。人をより活かす事業構造への変革、人とAIが協働する組織への進化、そしてAI協創基盤・組織への転換に必要な投資余力の創造である。

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人が担う役割変化に伴う、社会と企業の変容
AIと協働する目的が、業務効率化やコスト削減から企業活動ひいては社会そのものを変容させる価値協創へ移ることを前提とした、経営資源の再設計が必須である。
この再設計の中心にあるのが人材ポートフォリオ戦略である。AIが担う業務、人が担う業務、そして両者が協働して価値を生む領域を明確に定義し、スキル・配置・評価方法を再構築する。
事業戦略では、AIを“効率化ツール”ではなく“人がより活きる仕組み”として位置づける発想が求められる。AIが業務を代替することで生まれる余白を、顧客体験の向上や社会コミュニティへの貢献など、企業価値の源泉に再投資する構造へと変えるべきだ。
同時に、投資戦略も見直す必要がある。AIを単なるITコストとして扱うのではなく、“人的資本の価値を最大化するための投資”として扱う視点が重要だ。AI導入によって浮いた時間や労力をどの領域に再投資し、どのように人的資本の質を高めるか──この設計こそが投資効果を左右する。ROI(投資対効果)を「コストや時間削減」ではなく「知的価値創出」で測る発想への転換が求められる。

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AI協働時代に向けて再構築すべき重要経営資源
事業戦略および投資戦略と連動させて、AIが解放した時間と能力を最適な形で人に再投資する人材ポートフォリオ戦略をもち変革に臨む企業こそが、次の時代における“持続的競争優位”を手にするだろう。
おわりに
AI協働時代の幕があがろうとしている。
問われているのは「AIはなにができるか」ではなく、「AIとともにどう働くか」、そして「人をどのように再配置し、価値を再構築するか」だ。
人材ポートフォリオ戦略を軸に、AIと人の協働を設計できる企業こそが、次の時代の主役になる。
後編では、この変革を現実に動かすための役割と組織設計について掘り下げていく。