はじめに:60歳、還暦を迎えて伝えたいこと

 講演は、柳澤氏(メディカル・モバイル・コミュニケーションズ合同会社)が還暦を迎えられたという話から始まりました。60歳になった今は、まだまだ挑戦の途中であると柳澤氏は語ります。今回の講演では、これまでの経験を通じて「自身の信念に基づき、所属するコミュニティでどのように他者や社会に貢献するかを考えるきっかけ」を、創業間もない私たちRubicon9に共有いただきました。それは、顧客と共に社会に変革をもたらそうとするRubicon9の姿勢とも通じるテーマです。
柳澤氏のキャリアは、製薬企業、NPO法人、そして起業と多岐にわたります。その根底には、幼少期の経験から培われたある種の価値観がありました。

フェーズ0:マイノリティ意識と理不尽さへの違和感が原点

 父親の仕事で転勤を繰り返し、「故郷」と呼べる場所も親友もいなかったという柳澤氏。常にマイノリティであると感じていた一方で、生き抜くためにコミュニケーション能力が磨かれたと振り返ります。当時の居場所は、皆が蔑むようなヘビーメタル音楽。この経験を通じて、マイノリティや声が届かない弱者の気持ち、そして自分ではコントロールできない理不尽さを身をもって学びました。この感覚が、後のキャリアにおける問題意識の源泉となります。
大学時代に出会った一冊の本が、製薬企業への就職の道を拓きます。それは、薬を単なる商品ではなく「人の命に影響を与えるもの」と捉え、業界の旧弊な慣習を変えていく物語でした。このストーリーに感銘を受け、当時最も困難な病気であった「がん」に取り組む外資系の製薬企業への入社を決意します。
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フェーズ1:製薬企業で感じた強烈な違和感

 入社後、半年間の研修をトップの成績で終え、現場に出た柳澤氏が目にしたのは、 薬の価値ではなく、値引きや接待によって処方が決まる世界の現実でした。薬価差益が医師の利益となり、国民皆保険制度という公共財が歪められている状況に、強い疑問を抱きます。「患者さんの治療が、薬剤情報以外の理由で決定されてしまう。この場に身を置くのが心底嫌でした」と、当時を振り返ります。
 また、奨学寄付金の額によって大学病院で使う薬が一年間決まってしまうといった慣習や、月末に架空の売上を立てて翌日に返品処理をするような不誠実な営業スタイルにも辟易していました。柳澤氏は、本来顧客であるべきは「患者さん」であるという信念を強くします。
 そんな中、アメリカの学会で目にした光景は衝撃的でした。学会の入り口に「ペイシェント・アドボカシー・ラウンジ」が設けられ、患者が最大のインフルエンサーとして丁重に扱われていたのです。日本との差は歴然でした。
 この経験から、柳澤氏は周囲とは真逆の「逆張り」戦略をとります。接待や付け届けではなく、インターネットで得た最新の情報を武器に、医師と真摯に向き合いました。コンペティターの慣習の逆を行くことで、独自のポジションを築いていったのです。

フェーズ2:NPO法人での挑戦と限界

 製薬企業での経験を通じて、社会構造そのものを変える必要性を感じた柳澤氏は、NPO法人キャンサーネットジャパンに活動の場を移します。当時のNPOは「いいことをしている自分」に満足するだけで、持続可能な組織運営ができていないケースがほとんどでした。柳澤氏は、「NPOは非営利(利益を分配しない)であって、非収益ではない。だからこそ、たくさん儲けないといけない」という信念のもと、事業化を進めます。
 その第一歩が、乳がん体験者から受講料18万円を受け取るコーディネーター養成講座でした。最高の情報とコンテンツを提供し、合格者には認定資格を与える。この講座の卒業生が全国各地で「着火ポイント」となり、ムーブメントを広げていく戦略でした。
 
 さらに、がん治療と臨床試験の情報に特化したイベント「ジャパンキャンサーフォーラム」の開催や、当時まだ珍しかったインターネットでのライブ配信など、次々と新しい取り組みを仕掛けます。しかし、ロックやアイドルといったエンターテイメントとがん啓発を組み合わせたチャリティーライブは、内部から「不謹慎だ」との偏見にさらされました。偏見をなくしてほしいと願う当事者自身が、別の領域に偏見を向けるという現実に直面し、組織の限界を感じ始めます。

フェーズ3:起業、そして「回避すべき失敗を明確に示す」プロへ

 柳澤氏はNPOでの活動を経て、50歳で起業。フリーランスとして、がん情報サイト「オンコロ」の運営にフルコミットし、民間組織としては国内最大級のサイトに育て上げました。その根底にあるのは、科学的根拠(Evidence)だけではなく、感情(Emotion)や経験(Experience)、エンターテイメント(Entertainment)など、様々な「E」を融合させるという考え方です。
 同時に、柳澤氏は自身のコンサルティングのあり方について、一つの結論に達します。 「本当のプロは成功の道なんてわからない。でも、失敗する心持ちと道は確実にわかる。それを顧客に伝えていく」。
不確実な成功を約束するのではなく、回避すべき失敗を明確に示すことこそ、プロの価値であると断言します。これは、顧客との共創を通じて変革を目指す私たちRubicon9にとっても、非常に示唆に富む言葉でした。

最後に:Rubicon9が目指す姿と重なるメッセージ

 柳澤氏のキャリアは、常に社会の「当たり前」や「常識」に疑問を投げかけ、信念に基づいて行動し続けた軌跡です。それはまさに、Rubicon9が掲げる「常識を打破し、変革の火を灯す。」という理念と強く通じています。
柳澤氏は最後に、「自分にとって意義があると感じるなら絶対にやった方がいい」と語ってくださいました。創業期にある私たちにとって、柳澤氏の講演は強く心に響きました。柳澤氏が切り拓いてこられたように、私たちもまた、社会の課題解決に向けて、信念を貫き、挑戦を続けていきたいという思いを一層強くしました。
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