はじめに:なぜITコンサルティング企業が建築家の話を聞くのか

「アーキテクチャー」という言葉は、物理的な建築物を指すだけではありません。ITの世界で社会サービスや仕組みの全体そのものを指すように、英語圏では「ビルディング」と「仕組み」の両方を包含する広い概念です。建築家が都市の未来を描くことと、IT企業が新しいサービスを構想することは、根底にある創造性のアプローチが非常に近く、相互に学べる点が多いと言えるでしょう。
 
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本記事は、建築家の藤原徹平氏を招いて行われた講演会の内容をまとめたものです。藤原氏は、隈研吾建築都市設計事務所で15年にわたりグローバルなプロジェクトを手がけた後、独立。現在は自身の事務所を運営しながら、大学で教鞭もとっています。
私たちRubicon9は、現代の株主資本主義的な世界観の中で『誰のための、何のための成長なのか』という根源的な問いから生まれました。ITやデジタルコンサルティングで得た資本を、農業や観光といった地域の可能性に再投資し、ソーシャルチェンジを目指しています。 藤原氏は、建築家という立場から同じ問いを投げかけ、仕組みそのものを再設計する点で、私たちRubicon9が目指す方向性と重なります。本記事を通じて、ITという領域で社会変革を目指す私たちが、日々のビジネス活動においてどのような視座を持つべきか、そのヒントを探ります。

「失われた海岸線」から見る日本の高度経済成長

藤原氏の故郷、横浜・本牧は、かつて美しい海岸線が広がる別荘地でした。しかし、日本の高度経済成長期に、その海岸線は港湾部分を除きほとんどが埋め立てられ、工業地帯へと姿を変えました。市民プールや学校の水族館は、子供たちから自然の海岸を奪ったことへの「代替品」だったのです。
この「自然資産を工業化に全振りする」という手法は、日本のGDPを爆発的に増大させました。資源に乏しい日本が、港湾に石油コンビナートを作り、輸入した資源を効率よく加工して輸出するというモデルは、確かに一つの「発明」でした。
一方で、その代償は大きなものでした。生態系は破壊され、市民が海にアクセスできる場所はごく一部に限られてしまいました。藤原氏はこの経験から、工業化の次の社会のあり方を考えることが、現代を生きる私たちの世代のテーマであると問題提起します。モノづくりの時代から、人生をいかに豊かにするかという「経験」が価値を持つ時代へ。私たちは、成長の掛け金として何を失ってきたのかを直視し、次の産業の形を模索しなければならないのです。

建築家が描くべきは「構想」と「大きな絵」

藤原氏は「建築家である前に、人間的である」という理念を掲げ、プロジェクトが、クライアントや社員、そして自分自身の暮らしにどう着地するかのメカニズムを重視してきました。
そのために不可欠なのが、具体的な設計図を描く前段階の「構想」です。クライアントが「何者であるか」を深く問い直し、目先の利益だけでなく、社会全体にとってポジティブな循環を生み出す「大きな絵(Big Picture)」を描くこと。このような構想こそが、銀行からの融資を引き出したり、未来を担う若い世代の共感を得たり、プロジェクトを成功に導く鍵となります。
「土地の形を変えるという発想と、資本が大きく集まることは同時にやってくる」と藤原氏は語ります。理想的な未来を描いた「大きな絵」があるからこそ、そこに社会的関心と資本が集まるのです。

事例1:クルックフィールズ - 農業とエコロジーの再生拠点

千葉県木更津市にある「クルックフィールズ」は、音楽プロデューサーの小林武史氏が手がけるサステナブルファーム&パークです。30ヘクタールの未利用の農場を、未来の食と農を考える場所に変えるという壮大なプロジェクトでした。
このプロジェクトの核となるのは、「バイオジオフィルター」という仕組みです。下水道がないこの地域で、浄化槽で処理された排水をそのまま放流するのではなく、微生物や植物、昆虫、鳥類などが集まる生態系のフィルターを通して浄化させます。これにより、人間活動が有機物量を増やし、生物多様性を豊かにするという、従来の都市開発とは逆のサイクルを生み出すことに成功しました。
人間が集めた有機物を遠くへ運び去ってしまう下水道システムが、実は海洋汚染や生態系破壊の一因となっているという指摘は、私たちの文明のあり方を根底から問い直すものです。クルックフィールズは、産業の活性化が地球環境にとってポジティブなサイクルになり得ることを証明した画期的な事例と言えるでしょう。

事例2:小浜ヴィレッジ- 地方の未来をデザインするシェアキャンパス

鹿児島県霧島市にある「小浜ヴィレッジ」は、地元のハウスメーカーが、本社移転を機に作り上げた複合施設です。ロードサイドのコンビニすら撤退するような地域で複数企業が入居する「シェアキャンパス」というコンセプトを掲げました。
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このプロジェクトは、単なる本社建設ではありません。非住宅建築のノウハウ獲得、運営ノウハウの蓄積、そして「集落再生」のトップランナーになるという、企業の多角化戦略そのものでした。空港から15分という立地を活かし、サテライトオフィスとしての価値を創出。当初は慎重な姿勢を見せていた社員や銀行も、この明確なビジョンによって納得し、プロジェクトは実現しました。
完成後、周辺の地価は数倍に上昇。施設内のシェアキッチンで行われる結婚式が、結婚相談所という新たなビジネスを生み出すなど、一つの拠点が地域に新しい経済の風景を作り出しています。この事例は、大企業が目を向けない領域にこそ、地域を活性化させるブルーオーシャンが眠っていることを示唆しています。

「天職」の倫理を取り戻す:Rubicon9が目指すカタリストとしての役割

講演の最後に、藤原氏はマックス・ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を参照し、近代資本主義の根源を振り返りました。かつての資本主義の精神には、社会のために身を捧げる「天職(Beruf)という倫理観がありました。贅沢をせず勤勉に働き、得た資本を未来のために再投資する。このサイクルが、爆発的な成長を生み出したのです。
しかし、その倫理が失われた現代の資本主義は、単なるマネーゲームと化し、暴走を続けています。私たちに必要なのは、この「天職」という感覚を現代において再構築することではないでしょうか。それは、地球と人間の関係を回復することかもしれませんし、事業を通じて地域社会に貢献することかもしれません。
藤原氏は、『カタリスト・フォー・チェンジ(変革の触媒)』という言葉を用いて、単に仕組みを作るだけではなく、社会変革を促す「触媒」となる存在の重要性を示しました。
私たちRubicon9が目指す姿も、まさにこのカタリストです。大企業がKPIや数の論理で動かざるを得ない中で、私たちはもっと自由に、本質的な価値を追求できるはずです。
例えば、小浜ヴィレッジの事例のように、一般ではあまり注目されてこなかった地方にこそ、地域を活性化させる可能性が眠っています。東京だけに捉われず、日本全国に存在するインフラや文化、そしてスキルを持った人材といった資産を活かすこと。これこそが、私たちが地方でカタリストとして機能できる大きな可能性です。
Rubicon9のビジネスは、単にクライアントの課題を解決するだけではありません。一つ一つのプロジェクトが、関わる人々の暮らしや人生に着地するメカニズムを考えること。そして、自分たちが描いた『大きな絵(Big Picture)』に共感する仲間を増やし、社会的な関心と資本を集めること。 藤原氏の言葉を借りれば、それは「誰のための」サービスなのかを徹底的に突き詰め、自分たちの倫理観を持って、社会の新しい「アーキテクチャー」を築いていく営みと言えるでしょう。
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